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バイクを愛してしまったら、手入れしてあげたくなるのは自然なこと。

 
 
2019.07.24

【特別寄稿】栗田 晃さんのKZ900LTD-エバースリーブ™️インプレッション

前代未聞の「アルミメッキスリーブ常温挿入」を実現した「エバースリーブ」を元絶版バイクス編集長の栗田晃さんがトライ。エバースリーブ1号機となるKZ900LTDを通して、iBが提唱するモダナイズの新形態を語ります。

 
 眺めて良し、乗って良し、いじって良しの三拍子が揃った並外れた絶版車であるカワサキ Z1。実力と人気は誰もが認める Z1エンジンの最大のウィークポイントが「踊る鋳鉄スリーブ」であることは、多くのユーザーや絶版車ショップが身をもって体験していることでしょう。
 なぜスリーブが抜けるのか? その大きな要因は、アルミ合金製のシリンダーバレルと鋳鉄製スリーブの線膨張率が異なるところにあります。両者を比較すると、アルミは鋳鉄に対して約2倍の線膨張率を素材の状態で有しています。単純に言い換えれば、同じ温度で加熱すればアルミの方が2倍膨張するわけです。
 また、アルミ合金には高温で荷重を掛け続けることで歪みが増大する「クリープ」という厄介な問題もあります。製造から5年や 10年ではさして問題にならないかもしれない歪みや変形も、 40年を経た現在では恒久的な変形として鋳鉄スリーブとの圧入代を増大させているかもしれません。そしてエンジン分解時にシリンダーバレルとスリーブのはめ合いが緩いことが分かったら、外径の大きな鋳鉄スリーブに交換するのが定番的対症療法でした。そうすることで、純正ボアによる修理からΦ 74mmピストンを使ったフルチューンに対応してきたのです。

 スリーブ交換による内燃機加工でも、内径に特殊なメッキを施したアルミスリーブを用いる井上ボーリングの「 ICBMInoueboring Cylinder Borefinishing Method)」は、より現代的な補修手段といえます。軽量で耐摩耗性に優れたアルミスリーブは決して特別なものではなく、現在では多くの市販車に採用されている技術だからです。シリンダーバレルとスリーブとピストンの関係を考えたとき、アルミ製シリンダーとピストンに鋳鉄スリーブが組み込まれた場合と、シリンダーとスリーブとピストンの全部がアルミ製である場合を比較すれば、どちらが理想的でしょうか。
 アルミメッキスリーブが普及していなかった 1970年代の市販車には鋳鉄スリーブしか選びようがなかったわけですが、現在ではアルミメッキスリーブという選択肢があるのです。「選択肢がある」と簡単に言うと語弊がありますが、後加工によるアルミメッキスリーブは、古いエンジンを現代的な技術で蘇らせる考え方を「モダナイズ」として提唱する井上ボーリングが 12年以上の期間を要して実用化した他に類を見ない技術です。
 
  ICBMを実用化させた井上ボーリングが、アルミメッキスリーブのさらなる普及を目的に開発したのが「エバースリーブ」です。鋳鉄スリーブでは、シリンダーバレルの内径をスリーブの外径より 6/1008/100mmほど小さくしておいて、 120℃ぐらいまで加熱して膨張させた上でスリーブを圧入しています。アルミ製シリンダーバレルとの膨張率の違いを考慮して、スリーブが抜けないよう締め代(しろ)を大きく取るわけです。
 これに対してエバースリーブは、シリンダーバレルの内径をアルミメッキスリーブ外径と同じか、 1/100mmだけマイナス加工しています。シリンダーバレルとスリーブが共にアルミ製なら膨張率が同じなので、鋳鉄スリーブのようにシリンダーバレル内径とスリーブ外径の差を大きく取らなくても抜けないはずで、もしそうならあらかじめ内径加工とメッキを行ったスリーブを常温で挿入できるのでは? と気づいたそうです。
 簡単に入ると言うことは簡単に抜けてしまうのでは? と心配になりますが、爆発的燃焼にさらされるスリーブと走行風や冷却水で冷やされるシリンダーバレルでは同じアルミ素材でも受ける熱の大きさが異なり、シリンダーバレルよりスリーブの方がより膨張しようとするため、エンジン稼働中の方が両者の密着度は高まって抜けることはないはず、というのが井上ボーリングの胸算用です。
 鋳鉄スリーブの場合でも、スリーブよりシリンダーバレルの方がより冷却されることに変わりはありません。しかし素材自身の特性として鋳鉄よりアルミの方が膨張する、逆に言えば冷却されるアルミ製シリンダーバレルであっても、線膨張率が約 2分の1である鋳鉄スリーブの方が膨張しないため、大きな締め代を取ってあっても時間経過とともに緩くなることは避けられません。
 
 ここでブレイクスルーが起こります。鋳鉄スリーブは締め代が大きいため、スリーブ圧入後にスリーブ内径のボーリング加工が必要です。しかしほとんど締め代がないアルミメッキスリーブを常温で挿入するなら締め代の考慮は不要、つまりスリーブの後加工が不要となり、内径加工とメッキを済ませたスリーブを商品として販売できます。「エバースリーブ」を購入したユーザーは、最寄りの内燃機加工業者か機械加工業者、もちろん井上ボーリングでもかまいませんが、シリンダーバレルの内径をエバースリーブの外径と同じ寸法に仕上げて挿入すれば、アルミメッキ仕様のシリンダーを手にすることができるのです。アルミスリーブを挿入してから内面仕上げとメッキを行う従来型の ICBMは納期が約2ヶ月ほど掛かっていたそうですが、エバースリーブならスリーブ打ち替えだけで終わりですから、所要時間も圧倒的に短縮できるのが特長です。内径加工済みということは、組み合わせるピストンもあらかじめ決まりますが、井上ボーリングでは昨今の Z事情を参考に、まずは Z1Z2用の 0.5mmオーバーサイズピストンに合わせた2サイズを用意。今後他のサイズにも展開してく予定だそうです。
 内燃機屋さんにボーリングを依頼する場合、使用するピストンを持参してピストンクリアランスを指定して加工してもらうのが一般的。しかしエバースリーブでは、 0.5mmオーバーサイズピストンの標準的な外径に合わせてスリーブ内径をあらかじめ加工してあります。ボーリング時はクリアランスを 1/1000mm代でオーダーするのに、ピストンが手元にないのに内径を決めてしまうのは乱暴なのでは? と感じる人もいるかもしれません。
 しかし、そもそもバイクメーカーの市販車用エンジンでも、ピストンとスリーブの組み合わせはいちいち測定しているわけではなく、クリアランスには一定の許容値を認めた上で組み立てています。将来的には特定ブランドのピストンとのキット販売についても可能性があるとのこと。
またスリーブ素材に着目した場合、膨張するアルミピストンと膨張しない鋳鉄スリーブの組み合わせではクリアランスを大きめにしないと抱きつきや焼き付きのリスクが高まりますが、ピストンとスリーブの両方がアルミ製なら膨張率が同じなので、クリアランスを小さくできる特性もあります。つまり、もしスリーブ内径が許容範囲の中で小さめになっても、心配は無用といえるのです。

 
 私のバイクのことを言えば、今回 KZ900LTDのエンジン補修にあたって用意したピストンはΦ 69mmだったため、井上ボーリング在庫のエバースリーブを使うことはできませんでした。しかし常温で挿入する工程を再現するため、あらかじめ単体で内径加工とメッキを行ったアルミスリーブを準備してもらい、うたい文句どおり常温下で挿入。スリーブ上部のツバをシリンダーバレルに圧入するため油圧プレスを使いましたが、スリーブ自体はプレスの油圧を掛けることなくスムーズすぎるほどスムーズに入ります。もしこれが鋳鉄スリーブのはめ合い代なら、シリンダーバレルを 100℃程度に加熱すれば、つまりエンジン稼働中の温度程度でスリーブは踊ってしまうでしょう。しかしエバースリーブであればシリンダーバレルと一緒に膨張収縮するのでクリアランスは不変のはず。むしろ先述の通り、同じアルミ素材でありながら熱の加わり方が異なるスリーブとシリンダーバレルの組み合わせなら、グイグイ食いついて一体化していくことでしょう。
 
 メッキ済みアルミスリーブを常温で挿入するエバースリーブが革新的な技術であることは疑いようがありませんが、机上の空論に終わってしまっては意味は無い。組み立て後 500kmほど走行した印象では異音やオイル上がりもなく、問題はまったくありません。冷間時の始動直後も油温が上昇してもエンジン音は静粛で、鋳鉄かアルミかの差違も感じられません。むしろ、鋳鉄スリーブよりもピストンクリアランスを小さく設定してあるため、完全冷間時のピストンの揺動が少なく気密度も高いはずなので、静粛性は高くなっているはずです。クリアランスを詰められるということは、エンジンオイルの油膜の強さに過度に頼る必要がなくなるため、オイル粘度を下げられるという副産物も得られます。
 しかしアルミスリーブの本領は走行距離を重ねた先で発揮されます。私が所有していたアルミスリーブの空冷 250ccモデルは、走行距離6万 kmを超えてもシリンダーの摩耗は皆無でピストンクリアランスも規定値を保っていました。カワサキ Zでそれほどまでの走行距離を重ねかどうかは別としても、鋳鉄スリーブに比べてメッキスリーブの耐摩耗性は圧倒的に優秀であることは常識ですから、長期的に乗り続けて経過を観察していきたいです。
 

内径加工とメッキを行ったエバースリーブは1本3万円~3万 5000円(予価税抜き)。井上ボーリングの鋳鉄スリーブは1本1万 8000円(税抜き)なので単体価格は6割以上高額だが、圧入後の内径加工が必要な鋳鉄スリーブに対してエバースリーブはシリンダーバレルの内径加工だけで済むため、加工費総額の差はグッと縮まる。
 
   

ガス台にセットした純正シリンダーは、 120℃程度に加熱しただけで鋳鉄スリーブが勝手に抜けてしまった。走行距離が 6000km程度でシリンダー自体のコンディションも良好で、シリンダーバレルの中でスリーブが暴れた形跡もないのだが、経年変化によってはめ合いが緩くなったのだろう。
 
   

シリンダーバレル内径とメッキスリーブ外径の差がほとんどなく、入り口付近では手で押し込む程度でスッと入っていく。スリーブ上部のツバを圧入するために油圧プレスを使うが、内径が小さくなるようなことはない。挿入時に力づくでないから、あらかじめ内径を仕上げておくことができる。
 



鋳鉄スリーブに比べて、アルミスリーブ仕様のシリンダーは驚くほど軽い。スリーブとシリンダーバレルの膨張率が同じなので、スリーブが踊ったりエンジンオイルが染み込むようなことはない。ピストンサイズは当面Z1/Z2の 0.5mmオーバーサイズの2種類に対応しており、ピストンやリングが減ってもスリーブは摩耗しないので、長期的に考えればコストが抑えられる利点がある。
 
 

写真・文/元絶版バイクス編集長 栗田 晃